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日米の大学院教育比較から見たこれからの海洋教育像

カテゴリ 大学における学際的海洋教育研究
掲載日 2010.04.19
農学生命科学研究科 八木信行

1. はじめに

 本編は、アメリカの大学院教育プログラムに関し、日本の大学院教育との比較を行いながら、その特色を紹介し、海洋教育に関する今後の方向性を示唆するものである。なお、本編の記述は、筆者自身が米国ペンシルバニア大学で経営学修士号(MBA)を授与された際の経験と、在アメリカ合衆国日本国大使館で世界銀行とともに漁業関連プロジェクトを運営していた経験、更には経済協力開発機構(OECD)で水産委員会の副議長をしながら事務局運営にも協力していた経験などに基づく部分がほとんどである。よって大学院教育や国際機関などへの人材供与を一般化・抽象化して議論するまでのサンプル数は有していない点をあらかじめ断っておきたい。

図 ペンシルバニア大学構内のベンジャミン・フランクリンの像

ペンシルバニア大学構内のベンジャミン・フランクリンの像 (彼はこの大学の創設者である)

2. アメリカでの教育の目標は学位の種類により異なっている

 アメリカにおける大学院教育は、教育目標から考えて、概ね2つの類型に分類されると考えられる。1つは、Ph.D.を目指す大学院であり、日本の理系の大学院博士課程と似たように、論文指導を行いながら研究者・教育者を養成する機能がある。
 2つめは、実務者を育成するための大学院であり、ロースクール(LL.M・法学修士)や、ビジネススクール(MBA・経営学修士)などの種類がある。これは、大人数で講義を行い、修論も科されない場合も多い。また、後者には、公共政策学大学院もあるが、アメリカでは公務員の地位は低く、給料も安いため、ビジネススクールの方が定員も多く、一般的に人気も高い。 なお、実務者を育成する課程には、メディカルスクール(MD・医学博士)や獣医(DVM)なども存在する。

3. 大学院教育がアメリカで盛んである背景

 大学院教育がアメリカで盛んである理由は、中途採用が多い企業の雇用形態に起因している。アメリカ企業は、従業員は終身雇用ではないため、企業内で従業員を教育するという文化は育たない。教育して従業員の価値が上がれば、ライバル会社に高給で引き抜きされるだけであり、教育の投資効果はむしろマイナスになる可能性が存在するためである。
 すると、企業は実務教育が既になされた人材を好んで雇う。よって、企業ではなく、大学院という教育機関が、実務教育を担当するという状況が発生する。
 逆に、日本では博士を取得しても日本で就職が有利にならない理由も、終身雇用を前提とする日本の雇用形態に起因する部分が多いのではないか。アメリカとは違い、企業内で社員に教育をしても、終身雇用では中途採用市場が少ないため、社員も簡単に会社を辞めることはない。よって日本では、大学などよそで大学院教育された人材よりも、企業内で教育しやすそうな若い人材(学部卒)を好んで採用する傾向があるのではないか。また、官庁でも、そもそも本省の行政官には博士卒の採用は極めて少なく、また仮に採用されたとしても昇格は年功序列なので、学部卒と博士卒は同じ年次で出世していくし、給料も当所の何年かを除きほとんど同じである。

4. 日本の海洋教育の方向性試案

 以上のように、日本では、その雇用形態から、海洋に関する博士を養成しても、国内では、研究機関や大学、またはシンクタンクなど、就職口は限られてしまうのが現状である。
 他方で、アメリカ国内を始め、外国の機関では、例えば国連機関や、各種漁業管理機関、世界貿易機関(WTO)やOECD、世界銀行など、日本人に広く門戸を開いているところが多い。筆者も、これら機関と緊密な関係を保ちながら仕事をしていた経験上、日本人のリクルートについて何回か相談を受けたこともある。これらの国際機関が望む人材は、1つの分野のプロフェッショナルである。例えば、帰国子女で英語は堪能だが学士号しか有していない日本人では、専門性が欠如しているためこれら機関に採用されることはまずない(秘書などで採用される場合はあるが、それ以上の出世は見込めないのが通常である)。逆に、外国経験はなく英語はたどたどしくても、博士号を有し、その道のプロと見なされる場合は、各機関から引く手あまたとなる。
 そのような人材を養成し、各所と協力しながら、国際機関に人材を提供する仕掛けを作ることが今後重要な作業になる。具体的には、Young Professional Program(国際機関の正規職員を要請するためのプログラムで、合格すれば正規職員への道が開けるような内容。各機関によって条件などに違いが存在)の活用方法や、日本ファンドを活用した短期雇用の方法、更にはこれら雇用の前提ともなるサマー・インターンなどの見つけ方など、教官から学生に指導し、国際機関への人材供給のパターンを作り上げることが重要である。いずれにせよ、近年、国際機関は予算が削減され、人員も削減される部署が多く、全てがバラ色というわけではないが、筆者も、モデル的な人材供給パターンを作り上げようと試行錯誤している最中である。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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