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先端技術の海洋計測への応用

カテゴリ 漁業をまもる先端技術
掲載日 2009.12.08
生産技術研究所 藤井輝夫

 これまでに、海洋の現場で様々な化学計測・生化学分析を行うための装置類が開発・運用されてきている。深海までも含めた海洋の環境は陸上の実験室環境とは大きく異なり、そこで運用される装置には感度・精度はもちろんのこと、1)高度な自動化、2)高い信頼性、3)可搬性、4)堅牢性などが求められる。最も一般的で広く用いられている現場計測装置といえばCTDプロファイラである。これは基本的に塩分を算出するための電気伝導度(Conductivity)、水温(Temperature)、水深(Depth)をそれぞれ計測するセンサをひとまとめにした装置で、これにさらに植物プランクトン現存量の指標となるクロロフィル濃度や溶存酸素、濁度等を計測するセンサを同時に搭載したものもあり、海洋の基礎的な化学成分の複合計測には欠かせない装置である。さらに詳細に海洋環境に関する情報を得るには、目的に応じて新たな計測・分析装置を開発し運用する必要がある。例えば、海底熱水活動の探索や規模の推定のために開発されてきたのがGAMOS(Geochemical Anomaly Monitoring System)である。この装置は熱水活動の指標となる金属イオン、特にマンガンイオンの高感度定量分析を完全自動に現場で行うことができるもので、すでに深海環境においても数々の成果を挙げてきている。また、新たな天然資源としての海底熱水鉱床の探査にも活躍が期待されている。このような特定用途に特化した次世代の分析装置開発が今後さらに活発になることを期待したい。

図1 マイクロ流体デバイスの概念図

図1 マイクロ流体デバイスの概念図 [図を拡大]

 一方、近年は他分野における先端技術を積極的に取り入れたシステムの開発が行われるようになった。ここでは、そうした事例を紹介したい。現場分析に関わる先端技術として注目されているものに「マイクロ流体デバイス技術(Microfluidics)」がある。これはMicroTAS(Total Analysis Systems)やLab-on-a-Chip(チップ上の実験室)等とも呼ばれ、国際的にも医療診断や化学・生化学分析などを目的とした研究開発が極めて盛んな技術である。マイクロ流体デバイスとは主にµl(マイクロリットル:1/1000ml)オーダー以下の極微少量の溶液を扱うことを目的とした小型装置の総称である。主に半導体やマイクロマシン製作において用いられるフォトリソグラフィー法を応用することで、シリコンやガラス、ポリマーなどの基板上にミリメートルからマイクロメートル、さらにはナノメートルオーダーの立体的な構造、すなわち試験管やフラスコに代わる反応容器や流路を形成することができる。また反応容器だけでなく、反応を制御するために必要なヒータや温度センサ、さらには反応産物の検出・分析に必要な光学系等といった機能要素の高度な集積化も可能になる(図1)。それに加えて溶液を制御するためのポンプやバルブ等までもマイクロ流体デバイス上に集積化することも可能である。例えばこれまで卓上型の大型装置や熟練した専門家による操作を必要とした分析を手のひらサイズの小さな「実験室」の上で自動的に行うことも可能になってきている。分析装置を小型化することによって分析の高速・並列化、分析に必要な試薬量や廃液量の低減も期待でき、分析の省コスト化にもつながる。

 この様な中で、小型化・自動化が要求される海洋環境モニタリングへの応用も行われてきている。例えば、フランス(LEGOS/CNRS)のグループでは、プラスチック製の基板上に形成したマイクロ流路構造を用いた栄養塩定量分析装置をANAIS(Autonomous Nutrient Analyzer in situ:現場型栄養塩分析装置)として開発・評価している。この装置は硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩の定量を目的としており、これまでに地中海などにおいて実運用に成功している(D. Thouron et. al., 2003)。また、米国モンタレー湾水族館研究所(MBARI)のグループでは、浸透圧を駆動源とする特殊な小型ポンプを用いて低消費電力を達成し、例えば鉄イオン濃度を一年間の長期にわたって分析することが可能な装置について報告している(T. P. Chapin et. al., 2002)。

 以上の様な比較的単純な化学分析に加え、近年ではさらに複雑な分析操作を現場で行うための技術基盤が整いつつある。例えば我々の研究グループでは、透明シリコーンゴムを材料としたマイクロ流体デバイスを用いて、特に深海環境における化学・生化学分析に挑戦してきた。これまでに、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法を用いた微生物の遺伝子検出(図2)、ATP(アデノシン3リン酸)の定量による微生物活性分析、マンガンイオン定量分析、及び海水pHの精密測定などに応用可能な装置の開発・実運用を実施してきた(詳しくは東京大学生産技術研究所 藤井研究室Webページ参照)。

図2 微生物遺伝子検出用のマイクロ流体デバイス

図2 微生物遺伝子検出用のマイクロ流体デバイス

 マイクロ流体デバイスに加えて、新たな技術として注目されているのが半導体センサである。特にISFET(Ion Sensitive Field Effect Transistor:イオン感応性電界効果型トランジスタ)を用いた化学センサは例えば海洋環境においてpHの計測などに応用されている。ISFETは従来までのガラス製電極に比べて小型で堅牢、pH変化にたいする応答も優れているなどの特徴を有している。また、イオン感応部に適当な機能性膜を形成することによって、pHだけではなく二酸化炭素分圧や各種溶存イオン濃度も計測することが可能である。近年ではDNA等の生体関連分子の検出も可能であることが示されており、これからの幅広い分野における応用展開が期待できる。

 極限環境においても展開可能な装置開発の過程で、その実現に必要な要素技術やノウハウの蓄積がなされてきた今日、いよいよ研究は実運用の段階に入りつつある。今後は極限環境における生物地球物理化学プロセスの解明を目指した運用に加えて、赤潮や青潮モニタリングに代表されるような浅海域における応用も視野に入れた開発を積極的に展開したい。

参考文献
  • D. Thouron,R. Vuillemin,X. Philippon, A. Lourenço, C. Provost,A. Cruzado,V. Garçon “An Autonomous Nutrient Analyzer for Oceanic Long-Term in Situ Biogeochemical Monitoring” Anal., Chem., 75, pp. 2601-2609 (2003)
  • T. P. Chapin, H. W. Jannasch, K. S. Johnson “In Situ Osmotic Analyzer for the Year-long ContinuousDetermination of Fe in Hydrothermal Systems” Analytica Chimica Acta 463, pp. 265–274 (2002)
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