研究者発の海の話研究者発の海の話

水産業における養殖の重要性と問題

カテゴリ 漁業をまもる先端技術
掲載日 2009.12.08
生産技術研究所 福場辰洋
図1 漁業生産量の内訳(平成20年度水産白書)

図1 漁業生産量の内訳(平成20年度水産白書) [図を拡大]

 日々の豊かな食卓を農業と共に支える日本の水産業において、海面養殖による魚介類の生産は、自給可能な食料の確保のみならず、日本が世界に誇る魚食文化を守ってゆく上でも非常に重要である。今日ではブリ・マダイ等の魚類、カキ・ホタテ等の貝類やノリ等、なじみ深い多種多様な水産物が養殖され、我々の食卓に届けられている。日本の水産物総生産量において海面養殖の占める割合が年々増加していることからもその重要性は明らかである。近年では遠洋漁業・沖合漁業による漁獲量の大幅な低下の影響もあり平成19年には海面養殖による生産量は全体の20%以上まで上昇している(図1)。世界的な人口増加や魚食指向の高まりにあわせて、乱獲や気候変動による天然水産資源の枯渇が懸念されている現状を考えると、今後養殖の重要性がますます高くなってくることは確実といえよう。

図2 瀬戸内海における赤潮発生件数と漁業被害件数(平成20年度水産白書)

図2 瀬戸内海における赤潮発生件数と漁業被害件数(平成20年度水産白書) [図を拡大]

 大量の魚介類を海上のいけす等、限られた空間内において高密度に飼育するという特性を持つ海面養殖において、残餌(餌の食べ残し)・排泄物等による水質悪化、魚病の発生等の問題に加えて多大な被害をもたらしてきたのが「赤潮」である。赤潮とは、プランクトンの大量発生によって引き起こされる海水の変色現象である。魚介類の餌となるプランクトンが増えることは海域の生産性を高めることにつながり有益であるが、一方で有害なプランクトンが局所的に大量発生し赤潮を形成することで漁業被害をもたらすことがある。赤潮の発生により、1)大量のプランクトンがエラに詰まる等して窒息してしまう、2)原因プランクトンの産生する毒素等を原因として大量の魚が死んでしまう、3)赤潮原因生物の死骸が分解されることによって溶存酸素濃度が低下し、魚介類が窒息してしまう、等の被害が発生する。例えば渦鞭毛藻等の大量発生による赤潮は1970年代前後から特に顕在化し、各地の養殖に深刻な被害をもたらしてきた。その主な原因と考えられているのが陸域からの生活排水、工業廃水、農業廃水等、人間活動に端を発する窒素化合物・リン化合物などの栄養塩の過剰な供給である。その後、水質改善のための政策導入や下水処理設備の整備等によって、赤潮の発生件数・被害件数共に減少した。しかし、いまだに各地で赤潮は発生し続けており、漁業被害も無くなってはいない。例えば瀬戸内海の例で見ると1970年代の年間赤潮発生件数200件以上、漁業被害件数20件前後に比べ、近年では発生件数、漁業被害件数共に半数程度に改善されているが、依然年間10件程度の漁業被害が報告され続けている(図2)。

 一方で近年では、生活排水や工業廃水等の排出規制強化に伴って海域の栄養塩濃度が低下しすぎたために、養殖による生産性が低下してしまったという報告もある。例えばノリ養殖の現場においては、栄養塩の不足によってノリが白っぽくなってしまう「色落ち」と呼ばれる問題が発生している。色落ちしたノリは市場価値が低下してしまう。そこでその対策として、本来の「豊かな海」を取り戻すために陸域からの栄養塩の供給量増加を望む声も出始めている。以上のような現状において、まず漁業被害を軽減する為に赤潮発生機構を解明し、その発生を防ぐ対策を講じることが求められている。また一方で、栄養塩不足状態の解消に向けて例えば栄養塩の排出規制緩和などを実施する際には、過剰な栄養塩供給によってかつての赤潮だらけの海に戻さない様に細心の注意を払う必要があるだろう。これらの目的を達成するためには対象となる海域の詳細なモニタリングが必要不可欠となるだろう。

 現在のところ、赤潮の発生状況をはじめ、海域の水質に関する定期的なモニタリングを行っているのは、主に各地方自治体の水産試験場等である。自治体毎に赤潮注意報・警報の提供等、精力的かつ継続的な活動がなされており、各地の養殖業者にとっても不可欠のものとなっている。また、複数の自治体が関わる閉鎖性水域においては水産試験場同士の連携体制もとられている。しかしながら、そのモニタリング体制が高度に自動化されている例はほとんど無く、かろうじて水温・塩分・クロロフィル(植物プランクトン現存量の指標)など基礎的な海洋環境パラメータの現場自動モニタリングがわずかになされている状況である。例えば赤潮監視に重要な赤潮原因プランクトンの計数や分類、窒素・リン等赤潮の発生と密接に関連する栄養塩の濃度分析に関しては、そのほとんどが調査船による定期的な現場試料採取と熟練した専門家による分析によって行われている。そのため、海域モニタリングの頻度や密度を現状以上に向上させることは人手・予算の両面から極めて困難であり、いずれにせよ例えば24時間体制の綿密な連続モニタリングは不可能に近いと言えよう。また、赤潮の原因は海域によって異なり、それぞれの原因に合わせたきめ細かなモニタリングが重要になる。

 そこで、これからも養殖による安全な魚介類の生産を持続し、またこれまで以上に発展させるためには、新たなモニタリングシステムによるサポートが必要である。例えば無人で自動的に赤潮原因プランクトンの発生や栄養塩類の濃度変化をモニタリングする装置を実現し運用すれば、赤潮発生機構のより詳細な解明に必要となる高精度なデータを得ることができる。また、それによって得られた新たな知見を元に信頼性の高い赤潮警報システム等の実現も期待できるだろう。ただし、真に実用的なモニタリングシステムとするには十分に低コストで製造、維持できるものを実現しなくてはならない。そこで半導体工学、センサ工学等の進展によって急速に発展しつつある最先端技術を積極的に応用しながら、同時に現場の専門からの意見も取り入れることで、新たなモニタリングシステムを実現するための研究が始まっている。

参考文献
  • 平成20年度 水産白書
このカテゴリの記事一覧
漁業をまもる先端技術
先端技術の海洋計測への応用
水産業における養殖の重要性と問題
page top