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日本の海賊法制

カテゴリ 現代の海賊問題と日本
掲載日 2010.10.12
法学政治学研究科 中谷和弘

1.海賊に関する国際法

 人類史上3番目に古い職業(ちなみに2番目は医者)ともいわれる海賊は、過去の遺物ではなく、現代においても多数出没している。特に近年におけるインドネシア近海・マラッカ海峡やソマリア沖・アデン湾における海賊の跋扈は、これらの海域が日本の海運においても重要な航路になっているため、直接に我が国の国益を損なうものともなっている。

ソマリア海賊から釈放された直後の日本企業所有のタンカー(出典:2007年12月・米国海軍HP)

ソマリア海賊から釈放された直後の日本企業所有のタンカー-2007年12月(出典:米国海軍HP)

 海賊は、古くから「人類共通の敵」(hostis humani generis)とされ、たまたま海賊船を見つけたいかなる国家の軍艦も海賊船を拿捕して海賊を裁判にかけること(普遍主義に基づく刑事管轄権の行使)が慣習国際法上、認められてきた。これは、公海上においては船舶の本国(旗国という)のみが管轄権を有するという旗国主義に対する例外をなすものである。この海賊に関する慣習国際法は、今日では国連海洋法条約100条以下において明文化されている。そこでも定義された国際法上の海賊は、次の4要件をすべて満たさなければならない。i)私有の船舶の乗組員・乗客による犯罪であること(軍艦・政府船舶の乗組員による犯罪は除外)、ii)私的目的であること、iii)他の船舶に向けられた犯罪であること(同一船舶内での乗っ取り=シージャックは除外)、iv)公海上での犯罪であること(領海・内水での犯罪は除外)。しかしながら、海上での犯罪の多くは領海・内水内でなされる犯罪であってiv)の要件は満たさない(特にインドネシア近海・マラッカ海峡での海賊の大半は、領海・内水に出没する)ため、これらの犯罪は国際法上の海賊の定義にはあてはまらない。このような領海・内水での犯罪等、海賊の定義はあてはまらない海上暴力行為は、「海上武装強盗」と呼んで「海賊」とは区別している。領海内での犯罪の場合には、普遍主義に基づく刑事管轄権の行使はできず、沿岸国の管轄権に服することになる。

2.海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律

  国際法上の根拠を有しても、法治国家においては国内法上の根拠がないと国家は必要な行動をとることができない。海賊行為の処罰については、特にソマリア沖での海賊に対処することを直接の目的として、我が国は2009年6月に「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(海賊対処法)を制定した。先進国においても海賊処罰する明示規定を有する国は少数(米国、フランス、オランダ等)であって、その意味でも本法の制定は画期的であり、本法は海賊対処法の1つのモデルとして、諸外国の立法の参考にもなるものだといえる。

 この海賊対処法の概要は次の通りである。i)同法の目的は、海上における公共の安全と秩序の維持を図ることである(1条)。ii)海賊行為の定義は2条において細かく規定されている。特徴的なのは、公海上での犯罪のみならず日本領海内での犯罪も対象に含めていることである。iii)海賊行為に対する刑罰の程度を定める(3条、4条)。iv)海上保安庁による必要な措置の実施及び自衛隊による海賊対処行動について定める(5条、7条)。v)海上保安官及び自衛官による武器使用の基準につき定め、正当防衛、緊急避難に該当する場合の危害射撃に加えて、海賊船がつきまとったり進路妨害をしたりした場合に停船射撃を認めている(6条、8条)。

 自衛隊法に基づく海上警備行動によっても日本関係船舶については保護することが可能ではあったが、本法制定により、日本と無関係の船舶が海賊に襲撃された場合にも海賊対処行動を発令して必要な措置をとることが可能となった。さらに海賊対処に関する諸手続を定めることによって円滑な対応を可能にする、海上保安官や自衛官による武器使用基準を定めることによって現場での混乱を防止する、といった重要な意義も本法にはある。外国船舶が海賊に襲撃されても「見て見ぬふり」をするのでは、およそ国際社会において名誉ある地位を占めることはできないであろう。海賊行為全般に対処することは、我が国が海から多大の恩恵を受けている以上、また人道上の観点からも、当然のことであり、このことは国連海洋条約100条(「すべての国は、最大限に可能な範囲で、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所における海賊行為の抑止に協力する」)の趣旨にも合致するものである。海上警備行動に基づく護衛対象船舶の合計は2010年4月1日時点で754隻に達している。

3.残された課題

 難問は、ソマリア沖で海賊を捕らえた場合、その後海賊の身柄をどうするかということである。日本まで移送して裁判にかけ服役させることは遠隔地ゆえ移送に多大のコストがかかることに加え、刑事手続上も文化・宗教面からも困難な問題に直面する。海賊の場合には普遍的管轄権の行使が可能であるため、日本人を殺害したといった重大な犯罪を犯した者を除いては、ソマリアの近隣国に引き渡し、そこで裁判にかけ服役させるのが現実的であろう(なお、国連海洋法条約105条は、「拿捕を行った国の裁判所は、科すべき刑罰を決定することができる」旨、規定するが、海賊については普遍主義に基づく管轄権行使がすべての国家に認められる以上、この規定を「拿捕国以外では裁判できない」と読むことは不合理である)。しかしながら欧米諸国との間で海賊の受け入れにつき合意し多数の海賊を受け入れてきたケニアは、負担過重であるためこれ以上の受け入れを拒否するとしており、どこで裁判し服役させるかは未解決の難題となっている。

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