研究者発の海の話研究者発の海の話

こどもたち船に乗る ~育て!海洋学者たち~

カテゴリ 次世代海洋研究者の育成
掲載日 2009.12.22
海洋研究所 沖野郷子

 科学者というと白衣をきて試験管をふっているようなイメージがあるかもしれないが、実際の研究スタイルは実に様々である。実験室での作業を主体とする人もあれば、工作に励んでいる人もあり、紙と鉛筆だけで勝負する人もいる。海の研究とひとくくりにしたとき、対象となるものは海洋・海底・海洋生物と幅広く、その研究スタイルも多様でるが、いずれの分野であれ「実際に海に出かけていって観測・観察をする」フィールドワークが大きな柱となっている。海のフィールドワーク、特に船を使ったそれは陸上のフィールドワークとは違った難しさと喜びがある。船の運航には労力も費用もかかり、その手配は一仕事である。天候が悪ければ作業ができず、何かが壊れても電話で修理を頼むわけにもいかない。運く台風に遭遇しても、船のスケジュールは決まっているので、帰りを延ばしたり出直したりはできない。一方、海の調査ならではの醍醐味もたくさんある。深海は今でも未知の世界、地球最後のフロンティアであり、フィールドワークに出かける先は比喩でなく未踏の地だ。現代において、探検隊的要素のある仕事が他にどれほどあるだろうか?また、海洋科学では分野横断的な研究がさかんなので、例えば地質の研究者と微生物の研究者が共同で観測を行う、といったことがかなりある。それも単にそれぞれのデータを持ち寄って議論するのではなく、データ取得の段階から同じ船にのりあわせ、文字通り寝食を共にし、船酔いをも共にするのである。海のフィールドワークはまさに学際研究にうってつけの環境ともいえるのだ。

フィールドワークの様子

フィールドワークの様子

 さほどまでに面白い海のフィールドワークであるが、実はその存在も醍醐味もあまり知られていない。日本のように海に囲まれた国においては、海洋全般に関わる知識が社会的産業的にも非常に重要なことは間違いない。しかし、現在の高校までの学校理科教育では、海洋に関する事柄はわずかな内容が断片的に扱われるにとどまっており、通常のカリキュラムでは海洋の現場で実習・実験をすることは困難だ。したがって普通に通学している子供たちが海の持つ魅力とダイナミズムに実地で触れる機会はほとんどない。そこで、私たちは実際に海洋研究の最先端で使われている「白鳳丸」に中学生・高校生に乗船してもらい、大学院生や研究生とともに観測や実験を体験してもらう海洋科学教室を実施している。例えば、ある年のメニューは、晴海埠頭で乗船して船内見学と短い講義、船での昼食を体験したあとに、東京湾の湾奥で海水や微生物、海底の泥の採取作業を行い、実際に船上研究室で顕微鏡を使ったプランクトンや泥の観察、海水に含まれる溶存酸素量の計測などにとりくみ、夕方解散、といった具合である。参加者からは「魚ばかりあつかっているようなイメージでしたがそのほかにもすることがたくさんあるんだなと知りました」「プランクトンネットではあまりプランクトンがとれないのではないかと思っていましたが、実際にはものすごい数のプランクトンが集まりたいへん驚きました」などの声があがり、限られた時間の中でも強い印象を与えることができたようである。

 私たちは、このような試みを通じ、海洋科学の基礎を学ぶと同時にフィールドワークの魅力を体感してもらい、次世代を担う海洋科学・技術者が育つことを期待している。実習を通じて触れあう大学院生や若手教員が、中学生・高校生にとって「海を学ぶ/海で働く」ロールモデルとなり、進学や職業選択時に「海」を具体的に想起できるようになることになれば大変嬉しいことである。参加した一高校生の「実習を通じて水産に関する大学への見方がかわった」という感想は、このような企画が十分に進路選択に影響を与えうるということを示している。また将来直接には海洋科学・技術に携わることがない場合にも、海に関する基礎知識をそなえ海洋科学の重要性を認識した社会人となってほしいと願っている。現在行っているのは、日帰り東京湾航海であるために実習の種類がある程度限定されてしまうが、船内泊や陸上実習との組み合わせが実現できれば、深海域での多様な観測実習が展開できる。参加者からは「小学生の弟妹が一緒にきたがって... 」という声も多く、小学生以下の子供たちを対象にした企画もニーズがありそうである。また、米国では観測中の船舶と学校の教室をインターネットで結んでの科学教室の試みが好評らしい。今後もさまざまな形でこどもたちが海の調査研究にふれる機会を継続することが、未来のために大切なことだと思う。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
海中ロボットで海を身近に
河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
海を守る、地球を守る
我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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