研究者発の海の話研究者発の海の話

人間の経済活動の外部において海洋生態系が生み出しているサービス的な価値

カテゴリ 海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
掲載日 2009.07.20
農学生命科学研究科 八木信行 ・ 農学生命科学研究科 古谷研

 「人間による海洋利用が生み出す価値」で示した漁業と沿岸開発のケースは、経済活動のコストとベネフィットを評価する議論であった。漁業か沿岸開発かの2者択一のように双方とも経済プロジェクトである場合、このような評価をもとに紛争を調整することもある程度は可能であろう1)

 しかしながら、保護か開発かといった、異なる価値を巡る対立が生じる場合は、経済活動の外部に存在している生態系の恩益を別途に評価する必要が生じる。人類は自然の恵みを受けて生きているが、その人間が行う経済活動は、その恵み全てを経済の枠組みに取り入れているわけではない。経済活動の外部にあるからといって、その要素を無視して活動を進めてよいとは限らない。
 生態系が人類にもたらす恩益は、先述したように、生態系サービスと呼ばれている。これには、単に人類への食糧供給手段としての機能だけではなく、有毒物質の分解や、栄養塩循環、更には文化的・精神的な基盤の提供など、多様な機能が含有されている。これらのうち、食糧供給機能など一部の機能以外は、生態系を敢えて人類が利用しないことで本来の価値が発揮できる性質のものである。なお、一般的に経済学では、財とサービスは別のものとして扱われるが、「生態系サービス」は、生態系がもたらす財(魚など)とサービス(環境浄化作用など)双方を合わせた概念として定義されることが一般的である。

 ここでは、このような非消費的な価値を貨幣価値に換算する方法について、現状をまとめてみたい。

 まず、生態系の機能を、代替施設を作り類似のサービスを提供することにして、その際に必要となる費用を計算することで、換算値を出す手法がある。これを、代替法(取替費用法)という。
 この手法は、コストだけを積み上げた値段であり、その値段で本当に消費者がサービスを購入したいかどうかは考慮していない。換算値があまりにも高額の場合(実際、天文学的な計算値になることも珍しくない)、買い手が不在となる事態も起こり得る。このような中で、代替法で得られた換算値を、他の食料品などの消費的価値と同列のものとして扱い得るのかという疑問は残る。

 代替法とは異なり、仮定的な市場を想定し、そこでの需要を数値化する手法もある。具体的には、消費者にアンケートをとるなどして、そのサービスを受けるための支払意志額(WTP)などを推定するものである。
 これには、表明選好法(個人の選好を直説尋ねる方法)である仮想評価法(CVM)やコンジョイント分析、更には顕示選好法(個人の行動からその人の選好を分析する方法)であるヘドニック法や旅行費用法など、様々な種類の手法が存在する。
これらの手法は、市場の存在を想定しているため代替法よりも経済実態に近い結果が得やすいと思われるが、消費者への情報の与え方によってはWTPが大きく変わる可能性も問題点として指摘されている。更には、あるサービスについて、大多数の人間がWTPをゼロとしたにもかかわらず、ごく少数の人間がWTPを無限大とすれば、そのサービスの価値は無限大に近い値として算出される結果にもなりかねない。

いずれにせよ、そもそも生態系サービスの金額換算については、得られた計算値を実際に検証することが困難であるとの状況がある。このような限界が存在している計算値を、実際に市場で取引されている価値(食糧としての価値など)と同列に扱い、足し算や引き算をして良いのかについては慎重に見極める必要がある。
 まず、生態系サービスの保護と一口にいっても、生態系の多様な要素のどの部分に注目し、何を目的とした保護を行うのかによって、評価の結果がかなり異なる点に留意が必要である。例えば、将来において価値が出る可能性がある未発見の資源についての価値(オプション・バリューという)を保護する目的で保護区を設定する価値はいくらであろうか。この場合、未発見の資源が本当に存在する確率や、存在する場合その資源の単価はいくらかなど、仮定すべき事項の数が多く、計算値は仮定次第で大きく変動する。他方で、食糧資源として後年に利用するために直近の数年間は生態系を保護(禁漁)する場合の価値は、それよりも仮定を絞り込んで計算することができる。このように精度が異なる両者を、同列のものとして単純に足し算や引き算をして良いのかは、疑問が残るところである。
 次に、色々な価値は、お互い独立した事象ではなく、相関関係を有する可能性もあり、その場合は価値を単純に足し合わせることは不適当である点にも留意が必要である。例えば、海洋においては、栄養塩循環機能と排水処理機能は相互に関係している。そのような中で、前者の換算価値をxドル、後者をyドルとして、両者の機能の合計をx+yドルとする、というような計算をしても、ダブルカウントとなる部分が生じてしまう。つまり、xドル、yドルという換算価値が計算できたとしても、それらを安易に足し合わせることができるかどうかは慎重に判断しなければならない。

(注1)念のため追加説明をすれば、漁業と沿岸開発でも違いは存在している。漁業を行っても、生態系そのものが喪失するわけではなく、一部の構成要因(漁獲対象生物や一部の混獲生物など)が影響を受けるに留まるが、他方で、埋立てや干拓などを伴う沿岸開発がなされる場合は、干潟などの生態系空間そのものが不可逆的に失われるという違いが存在している。

Contents
研究者発の海の話
水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策
海溝というもの
漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?
高性能な船を実験水槽で開発する方法をウェブでわかりやすく説明する
地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない
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河川の構造物はニホンウナギの行く手を阻んでいるか?
「赤潮」の頻発と養殖漁業 ~インドネシア・ランプン湾を例に~
大学における学際海洋教育を推進するための基礎データ
島嶼(とうしょ)における海洋保護区のあり方と意義
海洋生物の多様性保全と利用を考える
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我が国の離島の保全・管理や振興
海面上昇に対する沖ノ鳥島の維持
「海」から展開する情報プラットフォームとネットワーク
海洋深層水の利用
うみあるきとは?-システム開発の目的と方針
現代の海賊問題と日本
沿岸域利用についての合意形成メカニズムの評価検討
次世代海洋研究者の育成
陸と海のつながりと海洋生態系
大学における学際的海洋教育研究
漁業をまもる先端技術
海底に眠る鉱山—熱水鉱床
海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
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