研究者発の海の話研究者発の海の話

人間による海洋利用が生み出す価値

カテゴリ 海洋に関わる諸活動のコスト・ベネフィット評価
掲載日 2009.07.20
農学生命科学研究科 八木信行 ・ 農学生命科学研究科 古谷研

 海洋を人類が経済的に利用する形態として、漁業と沿岸開発を取り上げ、それぞれについて、そのコストとベネフィットの評価手法の概要と、留意すべき点などを検討していきたい。

1. 漁業がもたらす価値

 漁業の経済的な価値(すなわち便益から費用を差し引いたもの)は、将来にわたって得られる漁獲物の貨幣換算価値を計算することと同意であり、以下のように表すことができる。

cost_pv1.gif h(t)t年後の漁獲高、pは漁獲物の単価、ctは単位あたりの漁獲を得るために必要なその時点での漁業操業コストである。e-δtは、将来価値を現在価値に割り戻してくるための換算率(いわゆるdiscount factor)である。ひらたくいえば、この式(すなわちPV1)は、漁業を現在から将来にわたって連続的に行うことで得られる利益を足し合わせ、それを現在の価値に割り戻す、という作業を表しているにすぎない。将来価値を現在価値に換算するという作業について更に説明を加えれば、遠い未来の価値は不確定要素もあるため現時点ではかなり小さな値と見なし、他方で近い未来の価値については過度に小さな値と見なす必要はないが、いずれにせよ得られる時間が異なる価値を足し合わせるためには時間軸に見合った係数をかけて調整をする、との発想に成り立っている。

 h(t)と簡単に書いている要素があるが、これは魚をどの程度捕るべきかという数字である。例えば、t年後の時点で魚を捕りすぎると(すなわちh(t)を極端に大きくすれば)その年に資源が激減してしまうため、1年後の漁獲高h(t+1)は大きくできない。魚は再生産可能な資源であるから、再生産の範囲内で永続的に利用することでPV1の最大化が図られるので、h(t)は極めて慎重に設定しなければならない数値である。 (なお、δに不自然に大きな値を当てはめれば1年目に魚を取り尽くす方が永続的に資源利用するよりもPV1の値が高くなるとの議論もたまに見かけるがが、それは当該モデルがpをコンスタントと仮定しているために生じた帰結であり、現実性はないと考えられる。どのようなモデルでも不備はある中で、あたかも万能のもののように扱って一方的な結論を出すことは避けなければならない。)

 第1式の手法は、理論面や応用面で研究例も多く、色々な議論を経た上で現状となっているものである。
 また、保護か漁業資源開発か、との問題についても、この手法の中で一定の答えが得られるようになっている。例えば、禁漁期間や海洋保護区を永遠に設定すれば、漁獲高h(t)は永遠にゼロであるので、PV1(漁業の現在価値)もゼロになると計算できる。また、仮に1年目から10年目にかけて海洋保護区を設定し、11年目から漁業を再開するとすれば、漁獲高はh(1)からh(10)まではゼロだが、h(11)以降は大きな値を想定することが可能となる。その場合は、10年間禁漁したために、魚が増えて大きな漁獲枠の設定が可能になり、禁漁せずに毎年細々と漁獲枠を与え続けるよりも、PV1はむしろ大きくなるというケースさえ生じることもある。
 魚の生息海域の何パーセントまでを海洋保護区にすれば一番効果が上がるのか、といった計算もなされている。先行研究として論文発表されている結果からは、魚価が高い魚は保護区を広く設定すべきであること、他方で、広すぎる保護区の設定は魚の共食いが生じるため保護による経済効果が低減することなど、色々なトレードオフが存在していることが見て取れる。

2. 沿岸開発プロジェクトがもたらす価値

 海を埋め立てる、または干拓する、といった沿岸開発プロジェクトの場合も、基本的に漁業の場合と同様に現在価値を算出することができる。費用・便益分析に関する文献では、以下のような式が一般的に用いられている。

cost_pv2.gif

Btt年後のベネフィット、Ctt年後のコストである。δは先ほどの第1式と同じく、将来価値を現在仮に割り戻すための利子率のようなものと考えてよい。BCは、プロジェクトごとに異なる数字が与えられる。

 第2式は1年ごとに将来価値を現在価値に割戻す式であるが、これを1年ごとではなく連続的に割り戻すことにすると、以下の式になる。

cost_pv3.gif  第3式(沿岸開発)は、第1式(漁業)と似た形をしているが、意味するところも、沿岸開発プロジェクトが将来時点で生み出す利益を算出し、現在の価値に割り戻す、というものであり、両者は本質的には同じである。

3. まとめ

 いかめしい数式が出てきて少し引いてしまう人がいるかもしれないが、要するに、今までの数式は、漁業などで得られる毎年のキャッシュ・フローを足しあわせたものが基本になっていると考えて差し支えない。ただし、足しあわせる際に、来年得られる100万円と、50年後に得られる100万円は同じものではなく、従って同じスケールで合算できないために、遠い将来のものほど現在評価金額は小さな額にして足しあわせができるよう、若干の補正が加わるようになっている、と理解して頂きたい。
 要するに、沿岸開発と漁業は、経済行為自体は異なるが、双方とも人間が行う経済活動に範囲内の行為である点で両者は同じである。漁業と沿岸開発のコスト・ベネフィット分析では、考え方として大きな差がなく、実際、計算に使用する数式の形も似通ったものであることが以上から分かる。

Contents
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