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水産業の振興に向けた海の「砂漠化」対策

掲載日 2016.08.04
東京大学海洋アライアンス特任准教授 山本光夫

雨が少なくて乾燥し、植物もほとんど育たない地域を砂漠といいます。本来は砂漠ではなかったところでも、生活のために木を切りすぎたり、放牧で動物が草を食べすぎてしまったりして、しだいに土地が乾燥して砂漠になってしまうことがあります。これが「砂漠化」です。

この砂漠化は陸地でおきる現象ですが、海の中でも「砂漠化」が生じているのは、あまり知られていないのではないでしょうか。

磯焼けした海底の様子
図1 磯焼けした海底の様子
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岸に近い海中には、コンブやワカメなどの海藻が林のように集まって生えている「藻場(もば)」が、しばしば見られます。藻場は、季節によって、あるいは年によって大きくなったり小さくなったりすることはあるのですが、その程度を超えて衰退したり消失したりしてしまう現象を、「磯焼け」といいます(図1)。

この磯焼けが、日本各地で深刻な問題となっています。藻場は、魚が餌をとったり産卵したりする場となっており、その消失は沿岸漁業に大きな影響を及ぼすからです。もちろん、海の中の磯焼けが陸地の「砂漠」とまったくおなじ状況になるわけではありませんが、植物が姿を消して不毛の地になってしまうという点で、陸の砂漠化とおなじだといってよいでしょう。

磯焼けと鉄

実証試験における鉄分供給ユニットの埋設作業(北海道増毛町)
図2 実証試験における鉄分供給ユニットの埋設作業(北海道増毛町)
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磯焼けの原因としては、海水温の上昇、ウニや魚といった海藻を食べる動物の影響、海水に溶けている窒素やリンなどの海藻の栄養分や成長に欠かせない鉄の不足などが挙げられています。私は、このうち鉄(溶存鉄)の不足に着目して藻場を再生する技術の研究・開発に、産学連携で取り組んでいます。

溶存鉄の不足は、陸域から川で運ばれてくる鉄の減少が原因だと考えられています。その不足を補うために使うのが、鉄をつくるときに生じる副産物である「製鋼スラグ」です。これに、間伐材などの木材チップを発酵させてつくった堆肥を交ぜ、「鉄分供給ユニット」として海岸の水際に埋めたり沈めたりします(図2)。堆肥は、製鋼スラグからの鉄分を海中に溶けた状態に保つ働きをします。

こうして藻場の修復・造成を目指します。北海道の日本海側にある増毛町で行った実証試験でその効果が確認され(図3、図4)、現在では全国30か所以上で実証試験・事業が行われています。

磯焼けがおきている海底(北海道増毛町)
図3 磯焼けがおきている海底(北海道増毛町)
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磯焼けが改善されてコンブが生えた(北海道増毛町)
図4 磯焼けが改善されてコンブが生えた(北海道増毛町)
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この技術を使う際に重要なのは、その場所で磯焼けが発生している主な原因が鉄の不足であったり、鉄を補えば藻場の再生につながる可能性が高かったりすることを事前に確かめることです。別の原因で海藻が減っている可能性もあるからです。

藻場に影響する複数の要因を探る

日本には6800以上もの離島があり、そのなかで有人島は400を超えています。離島における基幹産業の一つは水産業ですが、漁業者の高齢化とともに、漁場環境の悪化が大きな問題となっています。なかでも磯焼けは共通する課題で、その解決への取り組みは重要です。

長崎県対馬市では、2007年より東部の海域(峰町)で鉄分供給ユニットによる藻場再生の実証試験が行われ、効果が得られています。

しかし、この方法が対馬のどの海域でも有効だとは言えない可能性があります。対馬では、藻場の減少・衰退が、島の東部と西部で異なり、西部、とくに南西部で藻場の減少が著しいためです。東西でみられるこのような違いは、陸域から供給される鉄の不足だけが主要因ではない可能性を意味しています。対馬の海域は、対馬暖流の影響を大きく受けています。海流の影響も含めた海洋環境の変化が、藻場の減少に関係があるのではないかと考えました。

そこで始めたのが、鉄や窒素、リンなどの栄養分の水質環境調査に加え、水温・塩分・流れの速さといった対馬海域の海洋環境の変動をあわせて考える研究です。

大陸から流れ込む河川水の影響も

研究の対象にしたのは、図5で示した対馬の北東部海域と南西部海域(図6)です。これらの海域に注ぐ川の下流域、河口域で水温や塩分、鉄、栄養分(窒素、リン)などを調べました。また、海洋研究開発機構(JAMSTEC)から提供されている海洋変動の計算システムを使い、これらの海域について、海水温や塩分、対馬暖流の季節による変動と長期にわたる変化傾向を、過去20年分にわたって解析しました。

対馬の調査海域
図5 対馬の調査海域
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調査した対馬の南西部海域の例
図6 調査した対馬の南西部海域の例
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その結果、とくに水温などの海洋環境変動について興味深いことがわかりました。対馬海域の海水温は2~3月に最も低く8月に最も高い傾向を示したほか、対馬暖流の流速も、季節によって変わることが確認されました。

しかし、最も注目すべき点は、対馬海域では、大陸の長江から流れ込む水が、その海洋環境におおきく影響していることをうかがわせる結果がでてきたことです。

離島の水産業復興を考えるモデルケースに

今後は、これまでに得られている結果について、さらに検証を進めていく予定です。それらを踏まえ、対馬における藻場の修復・造成に向けて、最適な手法を提案することを目指します。そのうえで、水産業の復興に向けた具体的な施策についても検討していきたいと考えています。

日本には、対馬と同様に外洋の影響を強く受ける数多くの離島があります。それらの離島では、やはり磯焼け対策が課題となっています。この研究は対馬を対象にしていますが、対馬にとどまることなく、「離島」における水産業復興を考えるうえでのモデルケースになるものと期待しています。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「離島振興に向けた沿岸漁業に及ぼす海洋環境の影響に関する総合的検討」の活動をもとに執筆しました。

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