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漁村を活性化するのは「心」なのか「環境」なのか?

掲載日 2016.06.29
東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授 黒倉壽
黒倉特任教授
  黒倉特任教授

人は、何を「よりどころ」として自らの行動を決めるのか。私たちは、LOC(Locus of control)という心理尺度を使って、この「よりどころ」を日本、フィリピン、カンボジアの漁村で調べました。漁村を活性化するためのヒントを探るのが目的です。

村や町の小さな単位で質問票調査を行い、さらに日本では、ウェブアンケートで全国規模の調査も行いました。カンボジアについては、残念ながらまだ完全に調査結果の分析が終了していませんので、ここで紹介することはできませんが、日本とフィリピンについては、少し面白いことがわかってきました。

「自己解決型」と「他者依存型」

人は自分の行動を決めるとき、内在する自分の価値観や考え方を基準にし、行動の結果を自らの責任として受け止める場合(Internality)もあれば、逆に、社会のルールや道徳などの外在する規範によって決定し、その結果を環境や運命によるやむを得ない結果と受け止める場合(Externality)もあります。少し乱暴な整理の仕方をすれば、この二つは、それぞれ「自己解決型」「他者依存型」という言葉に置き換えることができるでしょう。LOCを使うと、ある人にどちらの傾向がどれくらい強く現れているかを数字で示すことができます。

いずれにしても、Internalityが高い人は、自らの意思で判断する傾向が強く、自分の意志で何かを達成することができると考え、何らかの不幸に遭遇したときも、自らの選択の結果だと納得します。Externalityの強い人は、社会のルールや道徳を基準に行動を選択し、成功や失敗は運不運や外的な状況によって決まると考える傾向があります。Externalityの高い人は他者依存的で自らの判断基準を持たない人だと否定的にとらえられるかもしれませんが、そうとばかりもいえず、倫理的でブレが少なく、時には自己犠牲的で尊敬できる人がいます。

当初、私たちは、InternalityとExternalityはお互い相いれない心理的な傾向で、Internalityの高い人はExternalityが低く、Externalityの高い人はInternalityが低いだろうと予想していました。ところが、実際には、Internality、Externalityがともに高い人、ともに低い人がかなりの割合でいることがわかりました。つまり、InternalityとExternalityは対立し相矛盾する傾向ではなかったのです。このことは、たとえば、不幸に遭遇したときに、その不幸を運命として受け入れながらも、なお強く、自分の意志で積極的に生きていこうとする人がいることからもわかります。

「自己解決型」ではない津波被災地の漁業者

私たちの調査の結果、対象としたフィリピン沿岸の漁村では、多くの人が、InternalityとExternalityが同時に高かったのです。この地域は貧困で、平均収入はフィリピンの貧困ラインを下回っているのですが、以前の調査では、人生の満足度についての質問に対して、8割から9割の人が、とても幸せ、または、幸せと答えています。今回明らかになったLOCの特徴と、とびぬけた幸福度の高さには、何か関係があるのかもしれません。宗教がそれに関係しているのかもしれません

一方、東日本大震災で津波の被害を受けた漁村では、漁業者の多くでInternalityが低いという傾向がありました。漁業者は沿岸に住み、海に強く依存して生活しています。精神的・経済的なものも含めて、被災によって失ったものが特に大きかった人たちです。被災体験がトラウマとなって人々の気持ちに大きな影響を与えているのかもしれません。もう一つの可能性としては、震災以前からある日本の漁業システムが、組織の決定に従順に従うという特有の性格を作っているのかもしれません。船の上では、誰かがリーダーになって素早く判断し、他のメンバーはそれに従うことが要求されます。

男性・女性格差の小さいフィリピン

漁村の事情を調べるため、カリブ海の地元の漁船で調査する黒倉さん(左)
漁村の事情を調べるため、カリブ海の地元の漁船で調査する黒倉さん(左)
拡大図

もうひとつ面白かったのは、女性の社会進出に対する受け止め方です。

東日本大震災の被災地では過疎化と高齢化が進んでいます。新しい産業の担い手になっていくのはおそらく女性です。私たちは、女性リーダーをどのように作っていくか、女性リーダーがどのように受け入れられていくのかということに関心を持っています。

女性が社会的なリーダーシップをとることを妨げる傾向をジェンダーギャップと言います。日本ではまだまだ女性のリーダーが少ないので、女性リーダーにはなじみがありません。そのような意味では、女性リーダーは異質者でもあります。女性リーダーに対する受容は、異質者に対する寛容性とも関係するかもしれません。

フィリピンの漁村と日本の漁村を比較しようと思った理由は、ジェンダーギャップについて、フィリピンと日本が対照的だからです。世界経済フォーラム(2014)によると、フィリピンはアジアで最もジェンダーギャップが小さい国(世界第9位)で、日本は第104位です。実際、フィリピン沿岸の地域には多くの女性のバランガイキャプテン(選挙で選ばれる村長さんのようなもの)がいます。それとは対照的に、日本では、現在、女性の漁業協同組合長はただ一人です。

調べてみると、フィリピンでも日本でも、男性的な仕事、女性的な仕事のような性役割意識はあって、その強さには違いがありません。むしろ、フィリピンの方が強いかもしれません。しかし、ジェンダーギャップには大きな違いがあります。

フィリピンではLGBT(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender)のような性的少数者に対する偏見も少ないので、男性性・女性性はあるけれども、実際にその役割を誰がするかは、身体的な性によって決める必要はないと思っているのかもしれません。あるいは、誰がリーダーシップをとるかは、その時々で適切な人を選べばよいだけのことだと思っているのかもしれません。

日本の漁村で男性・女性格差が大きい理由

一方、津波で被災した三陸沿岸の漁業者ですが、実は、彼らにも女性の社会進出に強く否定的だという傾向はありませんでした。つまり、個人としてのジェンダーギャップは大きくないのです。にもかかわらず、その社会全体としてはジェンダーギャップが大きいのです。これはどのように説明すればよいのでしょうか。

私たちが女性の社会進出について尋ねたのは、被災地の地域経済を支えていくのは女性だろうと予想したからなのですが、異質者としての女性リーダーの受容は、変化に対する受容だともいえます。新しい事業の設立や外部企業の参入などの変化を受け入れられる可能性にも関係します。そういう意味もあって、外部企業の参入や新しい事業の設立とともに女性のリーダーの受容について聞いたのです。

すでに述べたように、漁業者が特に女性の社会進出に否定的だということはありませんでしたし、外部企業の参入や新しい事業に否定的だという傾向はありませんでした。しかし、注目すべき特徴として、これらのことに肯定的か否定的かという質問に対し、どちらでもないという曖昧(あいまい)な回答をする人が際立って多いということがわかりました。

日本で行った全国アンケートでは、曖昧な答えをする傾向とInternalityの高さは逆相関していました。つまり、曖昧な答えが多くなる理由は、Internalityの低さと関係するのかもしれません。おそらく、現実に漁村でジェンダーギャップが大きいのは、漁業者個人にジェンダーギャップ意識が強いのではなくて、伝統的な慣習を破れなかったり、強い意見を述べる少数の人々に引っ張られたりして、結果としてジェンダーギャップが大きくなるということなのでしょう。

水産資源の管理に必要な人間側の問題

この話は、私たちの研究の成果というよりは、研究の過程でたまたま気づいたちょっとした情報です。ここまで読んでくださった方は、海洋の研究でなぜこんなことを調べるのだろうと疑問に思ったことでしょう。

筆者は水産学の研究者です。水産学の一分野に水産資源学があります。漁獲データその他に基づいて、個々の魚種ごとの資源量を推定することが、その分野の主な仕事です。また、そのような推定にもとづいて、漁業活動を量的に管理したり、漁法を管理したりする方法を科学的に考えて、水産資源の管理が行われます。水産学ではとても大切な研究分野です。最近では、コンピューターの計算能力を生かして、複雑で精緻な数理モデルを使ったり、確率的な考え方を取り入れたりしながら、急速な発展を続けています。

このような発展に伴って、最近では別の考え方も出てきています。資源を利用したり管理したりするのは人間です。どんなに厳密で正確なモデルを作っても、人々がその管理に関心を持って協力し合わなければ、実際の資源管理はできません。実際に難しいのは、資源を利用する人々の間で利害を調整して、有効な方法で管理を行うことです。

管理の対象になる水産生物は、種によって産卵数や成長速度、分布の仕方などが異なり、漁法も様々ですから、どんな管理方法が有効なのかは、対象とする水産生物によって異なります。一方で、水産生物を漁獲する人々の社会も、歴史的背景によって文化や慣習が異なります。こうした社会的要因によっても、どんな管理方式が適用できるのかが違ってきます。

そこには様々な利害対立があります。ただ魚をとることを管理するだけでなく、加工や流通などを工夫して水産物の価値をより高め、水産資源をより有効に使って、適正に利益配分して漁業管理に対する合意を作る出すことが必要です。特に、沿岸漁業のように規模の小さな漁家が多種多様な水産物を利用している場合には、利害関係が複雑ですから、漁業者自身が意志を共有することが求められます。

地域の「意思」と「能力」

水産物に限ったことではありませんが、地域に住む住民が、その地域がもつ資源を適切に把握して、その持続的利用を考える必要があります。私たちは、地域が共有しているそうした意志と能力をarea capabilityと名付けました。私たちの研究目的は、このarea capabilityを強化する方法を提示することです。

Capabilityには、知識や技術と言う側面もありますが、意欲や自信もCapabilityの重要な要素です。地域が持っている様々な資源を認識し、それらを持続的に活用しようとする意欲とそれができるという自信がなければ、知識や技術を身につけようとはしないでしょう。知識・技術以前に意欲や自信が必要です。もちろん教育は必要ですが、知識を活用しようとする意欲や自信は、実践を通して身につくものだと考えています。どのような具体的な実践を通して、地域の人々が、意欲・自信・知識・技術を獲得していくのかを明らかにする。それが、「沿岸社会の活性化を目指したCapability構築イニシアチブ」と名づけたこの研究プロジェクトです。

調査対象としたのは、以下の三つの事業です。①東日本大震災の津波によって甚大な被害を受けた町で女性たちが行っている、水産物の加工・販売業、②過剰漁獲によって資源が枯渇したフィリピンの沿岸集落で、資源復活のために住民参加で行っているエビの放流事業、③カンボジアの村で、その収益を使って漁業活動の監視・管理を行おうとしている住民主体のマイクロファイナンス事業。様々な活動を通じて起こる人々の心理的な変化を追跡するプロジェクトですから、長い時間がかかります。

被災地の漁村を再生するカギは自信と意欲

今回は、活動が始まった時点で人々がどんな心理的特性を持っているのか、どんな問題を持っているのかを調べました。まだ、ほんの入り口にすぎませんが、それでも少しわかってきたことがあります。

たしかに、フィリピンは東南アジアの中で経済的発展が遅れた国であり、漁業管理システムも未発達です。しかし、フィリピンの人々、特に地方に住む人々は、異質なものでも受け入れる傾向が強く、快活で親切であり、何事にも積極的です。社会の発展に積極的に寄与したいという気持ちを持った人は少なくないのです。実際、私たちがやっているエビの放流事業にも積極的に協力したいという人が多くいます。

つまり、積極的に何かをやりたいのですが、そのようなシステムを運営する経験や知識に乏しいということが問題であり、放流事業に参加することによって、システムの運営についてのノウハウを身につけていくことが課題なのだと思います。今後は、システム運営についての能力をどのように身につけていくのかを追跡していくことが、重要になってくるだろうと考えています。

一方、被災地の漁業者の場合は、システムの運用の仕方ではなくて、自信と意欲が問題なのだろうと思います。そうした自信と意欲をどのように獲得していくのかを追跡していくことになるでしょう。また、限界集落化していく被災地では、新しい事業を展開しようとする意欲は女性の方が強いようです。こうした意志を持った女性が、漁村のリーダーシップを取っていけるようにすることも、被災地の漁業の発展には必要かもしれません。女性のリーダーシップがどのように変化していくのかも継続的に見ていきたいと思っています。

自然科学的な研究のみを海洋学だと考えている方々にとっては、海洋アライアンスが変わったことをしていると感じられたかもしれません。私たちは、こうした分野も海洋学の一部だと考えています。この研究がどのように進んでいくのか、興味を持ってたまにはのぞいてみて下さればありがたいと思っています。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「沿岸社会の活性化を目指したCapability構築イニシアチブ」の活動をもとに執筆しました。
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