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地球温暖化だけでサンゴ礁の国は水没しない

掲載日 2016.06.29
東京大学大学院理学系研究科教授 茅根創

皆さんは、東南アジアの国を、いくつ知っていますか?

「インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、ベトナム、・・・」。どんどんでてきますね。

それでは太平洋にある島国は、いくつ知っていますか?

太平洋の島国
図1 太平洋の島国
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「えーーーっと、グアム、サイパン、パラオ。ツバルって海面上昇で水没しちゃうんだっけ」。グアムはアメリカの準州、サイパンはアメリカの自治領である北マリアナ連邦の島の一つですから、国ではありません。パラオとツバルは国ですから、正解です。パラオは1994年にアメリカから、ツバルは1978年に英国から独立した国です。

実は、太平洋にはこのほかに12、あわせて14もの国があります。このうち、パプアニューギニアは比較的大きな陸地を持っていますが、他の国々は小さな島々からなる小島嶼国(しょうとうしょこく)です。その中でも、マーシャル諸島共和国、キリバス共和国、ツバルは、国土のすべてが環礁からなる環礁国です。ミクロネシア連邦、クック諸島、フレンチポリネシアにも、数多くの環礁が分布しています。(図1)

サンゴ礁の国、その水没の危機

「環礁」とは、サンゴ礁がリング状に連なる地形です。サンゴの骨格が積み重なってできるサンゴ礁は、潮の満ち干で水位が下がったときでも、その頭が水面から上に出ない高さまでしか達しません。つまり、つねに海中にある状態でないと、サンゴ礁はできないのです。環礁の島は、このサンゴ礁の土台の上に、サンゴの礫(れき)や有孔虫(ホシズナ)の砂が打ち上げられてできたもので、標高は1~2mと低く平らで、幅も数百mと狭く細長いことが特徴です。

空港もあるツバルのフォンガファレ島
図2 空港もあるツバルのフォンガファレ島
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写真は、ツバルの首都があるフナフチ環礁のフォンガファレ島です(図2)。フナフチは、直径15kmほどのリング状の環礁で、その上に細長い島々がつながっています。フォンガファレ島は、そのリングの東の角にある、もっとも大きな島です。それでも幅はたった700mです。標高は、リングの外側にあたる部分でもっとも高くて4mありますが、島の大部分は1~2mです。

これら環礁の島々は、国土が狭小で低く平らなため、海面上昇による水没や、気候変化による干ばつ、水資源の不足などの自然災害に対してとてもぜい弱です。現在でも、大潮で海面水位が高まった時には、島の内側で海水がわき出してきます。さらに、海岸の浸食や地下水の塩水化も起こっています。島の人々は、「こんなことは以前にはなかった」と言います。そのため、こうしたことは、地球温暖化に伴う海面上昇のために起こっていると報じられています。

「ツバル水没」の真相

しかしながら,環礁の島に起こっているこれらの問題は、環礁国の首都のある島に人口が集中したことによって起こっていることが、私たちの調査で明らかになりました。

フォンガファレ島には、以前は100~200人ほどしか住んでいませんでした。住んでいたのは、土地がすこし高まった標高2~3mの場所でした。

しかし、1978年にツバルが英国から独立して、首都が別の島からこのフォンガファレ島に移ったために、首都に人口が集中し、島の人口が今では5000人近くまで激増しました。そのため、それまで塩性の湿地だった標高1m以下の場所に、居住地が拡大してしまったのです。

現在、大潮の際に海水がわき出してくる場所では、近年のような海面上昇がなかった時代にも同様の現象が起こっていたことが、19世紀の英国の地質調査の報告書にちゃんと書かれています。ぜい弱な土地への居住域の拡大が、「ツバルの水没」の真相です。

海洋生態系の破壊も

ツバルでは、狭い島に5000人近くの人が住んでいるため、海洋生態系の破壊も深刻です。

環礁の島は、サンゴが土台を作り、その上にサンゴやホシズナのかけらが積み上がってできる、文字通り生き物が作った島です。しかし、島から生活排水が流れ込んできて、こうした生き物が,すっかり死滅していまいました。ゴミが山積みになっている場所でも、サンゴや有孔虫は死滅してしまっています。汚染によって、生態系が破壊され、国土をつくる力が失われてしまいました。さらに、海岸に桟橋を作ったり、航路のために海底を掘ったりすることによって、島を作る砂の流れが止められてしまっています。さらに、切り立った人工的な岸壁によって砂が堆積できなくなってしまいました。

このように、ツバルの首都があるフォンガファレ島で起こっている問題は、メディアで報じられているような「海面上昇による水没」という単純な問題ではありません。ぜい弱な土地への居住域の拡大、生態系破壊によるサンゴや有孔虫の死滅、海岸地形の人為的な改変など、その地域に固有のローカルな事情が大きく影響しているのです。こうした問題は、マーシャル諸島共和国の首都マジュロがある島や、キリバスの首都タラワがある島でも起こっています。

「グローバルな問題」と「ローカルな問題」

環礁の島が抱えるグローバル、ローカルな問題群
図3 環礁の島が抱えるグローバル、ローカルな問題群
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環礁国で海面上昇が問題ではないというわけではありません。これまでの30cmの海面上昇も、標高1~2mの環礁国にとっては十分に大きかったでしょう。さらに、地球温暖化による水温上昇で、サンゴが正常に育たなくなる「白化」が頻繁に起こるようになってしまいました。サンゴが白化して死んでしまえば、国土の土台と天然の防波堤を作ることができず、島にサンゴ礫を供給する力も失われてしまいます。

このような地球温暖化、海面上昇といった地球規模のグローバルな問題と、さきほど述べた地域に固有のローカルな環境問題は、相互に関係し合った問題群になっています。環礁の島は本来、グローバルな地球環境変化に対する復元力を持っていますが、その復元力を、ローカルな環境問題が弱めているのです。(図3)

これらの島が形成されてから2000年間、狭小な国土と乏しい資源を持続的に利用して、人々は住み続けてきました。海面が上昇しても、その速度が十分に緩やかならば、サンゴ礁が防波堤と土台を作り、サンゴ礫やホシズナが島を作る力は、海面上昇に追いつくことができます。ですが、かりに海面上昇がゆっくりでも、サンゴやホシズナが死んでしまえば、国土を維持する力はもうないのです。生態系の保全・修復が国土の維持とイコールであるという視点で、国土計画を見直さなければなりません。

首都に人口が集中する理由

ところで、首都に人口が集中するのはどうしてでしょうか。

近代化以前、人々は数多くの島に散在して住み、限られた資源を有効に利用してきました。貨幣経済とも無縁でした。

やがて近代化とともに貨幣経済が導入され、人々はお金を求めるようになりました。しかし、それまで英国、フランス、米国、日本の植民地だった島々ですから、独立させられたものの、それを支える産業はありませんでした。

現在、こうした小島嶼国の経済を支えているのは、先進国からの支援と、海外に働きにでている親戚からの仕送りです。支援の多くは、島嶼国の政府にまわります。島嶼国の労働者のほとんどは、公務員と出稼ぎ者です。失業率は高いですが、親戚の中に一人でも公務員や出稼ぎ者がいれば、多くの親戚がそれに頼って生きていくことができます。政府の仕事の多くは首都にあり、海外への出稼ぎも首都が起点になりますから、首都に人が集まるのは当然です。

解決に必要な「知」の融合を

このように、ローカルな問題の背景には、グローバル化した社会・経済に巻き込まれた小島嶼国の事情があります。こうした背景を考えずに、「護岸をしたらよい」「ローカルな問題なのだから、島が自分でなんとかしなさい」では、小島嶼国の問題は解決しません。環礁国の生態系保全・修復がすなわち国土維持であるという基本的な視点から国土計画を立案し、そうした国土計画を、グローバル化した社会・経済のもとで動かざるを得ない小島嶼国に受け入れられるよう、総合的な施策として現地に適用しなければなりません。

こうした問題を解決するためには、地球科学、生態学、海岸工学などの理工系の研究者だけでなく、人文社会科学、経済学、公共政策の研究者との融合が必須です。もちろん、現地の政府やステークホルダーとの連携もきわめて大切です。

東京大学には、残念ながら小島嶼国を研究対象としている研究者はほとんどいません。しかし、こうした視点をもった研究者は様々な分野に数多くいます。そうした研究者に小島嶼国への関心を持ってもらい、問題を解決するグループを作るために、小島嶼国をフィールドとする学外の研究者にも参加してもらって、海洋アライアンスのもとに小島嶼国研究会を立ち上げて、研究会を行っています。

※東京大学海洋アライアンス・イニシャティブ「小島嶼国研究会」(2015年度前期)の活動をもとに執筆しました。

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