知って楽しい海の話知って楽しい海の話

四角い地球

科学のおもしろさのひとつは、自然現象を予測できることだ。たくさんの観測データを調べて、その背後に潜む一般的な法則を導きだす。いったん法則を見つけると、その自然現象が予測できるようになる。

たとえば、ボールを斜め上方に投げだすと、空気の抵抗がなければ放物線を描いてやがて地面に落ちる。ボールの道筋は、力を加えられた物体の動きにかんするニュートンの法則を使えば、あらかじめ計算できる。高校の物理で習う「運動方程式」ですね。このとき、投げだす速さや上向きの角度、空気の抵抗を考えるか考えないかといった前提条件が大切だ。科学は、前提条件を指定したときに、その条件のもとで正しい答えを返してくれる。

だから、この前提条件はとても大切だ。いま考えようとしている現象にとって、適切かどうか。その設定に失敗すると、計算は正しいのに意味のない結果がでてきてしまう。空気を無視すれば、野球のカーブやシュートは再現できない。これが科学の難しいところ。プロの科学者の腕の見せどころでもある。

ありえない前提条件でまじめに科学する

四角い地球
木星から帰還したら、そこは四角い「地球」だった(イラストはいずれも日本科学協会提供)
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ところが、現実ではありえないような前提条件をあえて作りだし、空想の世界でまじめに科学を楽しもうという風変わりなプロジェクトがある。その前提条件は、丸い地球が四角だったらどうなるか。四角といっても、地球は立体ですから、正確には立方体、つまりサイコロ型ですね。それ以外は、科学の法則がきちんと成立すると考える。サイコロ地球で海や気候はどうなるのか。はたして地球人は住めるのか。生命が存在する可能性は。それをおおまじめに科学しようという日本科学協会の「立方体地球」プロジェクトだ。今回は、科学で考えることの楽しさについて、このプロジェクトを例にお話ししよう。

このプロジェクトのメンバーは、気象学や海洋学などのベテラン研究者たち。プロジェクトの成果は、SF風の動画にまとめられている。木星探査から戻る宇宙飛行士が、もうひとつの「地球」に帰還してしまう。その地球が四角い地球だったのだ。

四角い地球

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なぜ、こんなありえない地球をあえて考えるのか。プロジェクトをまとめた東京大学名誉教授の木村龍治さん(気象学)は、「ありえない条件を想定することで、地球というものを科学的、論理的に見つめなおすことが目的」と説明する。わたしたちの住む愛すべき地球は、なぜこのような姿になっているのか。それが、奇妙な地球を想定することで、逆にあぶりだされてくるというわけだ。

木村さんたちが考えたサイコロ地球は、一辺の長さが1万キロ・メートル。こうしておくと、体積が現実の地球とほぼ一致する。重さは地球とおなじ。太陽のまわりを、地球と同様に回っていると考える。自転もする。海は、地球の海と同量の水がひとつの面に集まると仮定する。さあ、どうなる。それをプロの研究者8人がおおまじめに考えた。

地面にまっすぐ立てない

四角い地球

拡大図 四角い地球
サイコロ地球の地面は、四角い面の中央を除けばすべてが斜面だ
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まず、このサイコロ地球に立ったときの感じはどうか。そこからして、もう奇妙な世界だ。

わたしたちが真下と感じているのは、重力で引っ張られている方向だ。地球は球形なので、重力の向きと地面はどこでも直角になっている。だから、わたしたちは水平の地面に立っていると感じる。

ところが、サイコロ地球だと事情が違う。重力はほぼ地球の中心に向かうので、足元の地面が「水平」ではないのだ。サイコロ地球の地面は、そこの住人が感じる「水平」と角度をなしている。つまり斜面。山の斜面に立っているように感じるはずだ。サイコロ地球は斜面の惑星だ。

こんな奇妙な地球だから、わたしたちが行ったとしても、住める範囲はかぎられている。気圧ひとつとっても、地球人が住めるのは、たとえば海のない面だと、面の中心から750キロ・メートルくらい離れた幅40キロ・メートルほどの円形ベルト地帯だけになるという。一辺が1万キロ・メートルの面で幅40キロ・メートルだから、もうほんとうに細い円周上といってよい。面の中心に近いと気圧が高すぎ、離れると低すぎる。中心から遠く離れたところでは、地上なのにほとんど真空になってしまう。

わたしたちの地球では、地球全体のあちこちに人は住んでいる。これは、地球が丸いおかげだ。地球が丸いから、重力に引きつけられた大気は地表にまんべんなく広がる。これって当たり前のようだが、じつはスゴイことなのだ。

海は盛りあがる

四角い地球

拡大図 四角い地球
サイコロ地球の海では漁がおこなわれていた
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海はどうなるのか。完全に常識を裏切られました。というより、そんなこと考えたこともなかった。わたしたちの地球では、海は地球のあちこちにある。赤道のあたりにも海はあるし、北太平洋や南太平洋などの緯度が高いところにも、海はおなじようにある。巨大な窪地さえあれば、地球上のどこであろうと水がたまって海になる。なんとなく、そう思っていた。

ところが、サイコロ地球では違う。面のまんなかあたりにドーム状に盛りあがった海ができる。サイコロの端に近いところに海はない。面の全体に広がるのではない。

なぜドーム状にまとまるのか。それは、さきほどお話しした「サイコロ地球は斜面の惑星」ということと関係がある。かりにサイコロの端の方に水があったとしても、それが重力で引っ張られると面に沿って中央に向く力が生まれ、水は面の中央に集まってくる。

こうしてできたサイコロ地球の海の深さは、面中央のいちばん深い部分(ドームのいちばん厚い部分)が約300キロ・メートル。ドームの直径、すなわち海の差し渡しは3500キロ・メートルくらい。日本列島の南北の長さ2個分ほどだ。わたしたちの地球の海でもっとも深いのは、グアム島に近いマリアナ海溝の約1万1000メートル。つまり11キロ・メートル。サイコロ地球の海は、わたしたちの地球にくらべて桁違いに深くて狭い。重力が海を引っ張る力は、思いのほか強いのだ。

こんな奇妙なサイコロ地球の海だけれど、これまた不思議なことに、わたしたちの地球の海とよく似たところもある。

わたしたちの地球では、海は重力に引かれて丸い地球の表面に張りついている。つまり、海は球形。地面が平らなサイコロ地球でも、海はぷっくりとドーム状に盛りあがった水面をもっている。その点で、サイコロ地球の海の表面の形は、わたしたちの地球の海とおなじなのだ。

そのため、地球とよく似た海流ができる。大規模な海流が生まれるのに欠かせない「コリオリの力(※)」が、おなじように働くからだ。海の西の縁には、黒潮のような強い海流も生まれる。

そうか。海流が生まれるには、海が「球形」であることが大切なんだな。丸い地球の海だと、海が球形だということはつい忘れがち。だが、サイコロ型の奇妙な地球を考えると、その重要性が浮き彫りになる。地球が平面でも、海さえ球形なら海流はできるんだ。言われてみれば当たり前か。こんなことに気づくのも、サイコロ地球の面白さだ。

それなら、地球とおなじように楽しく海水浴ができるのかというと、そうはいかない。問題は気温や気圧。計算によると、海面の水温は65度にもなる。風呂よりはるかに熱い。気圧は9気圧で、わたしたちの地球の9倍。海水浴どころではない。

このプロジェクトに参加した京都大学の酒井敏教授(海洋学)は、「地球は、前提条件をちょっと変えるだけで、その姿ががらりと変わってしまう。ここまで変わるとは想像しなかった」という。わたしたちの地球は、ほんとうに絶妙な条件のうえに成り立っている「奇跡の星」なのだ。

科学は知的な遊戯

科学で空想するのは楽しい。プロの科学者たちが本気で考えた、こんな高度な空想でなくてもいい。ちょっとした遊び心でよいのだ。たとえば、空気が温かいほど重かったらどうなるだろう。現実と逆ですね。太陽で地面が温められ、その熱で地表付近の空気が温かくなれば、現実ならば、その空気は軽くなって上昇する。だが、もし温かいほど重かったら、地面で温められた空気はますます重くなって動かない。だから、さらに温められて、もっと重くなる。どんどん地上の気温は高くなって......。

いまの日本には科学技術基本法という法律があって、科学や技術を金もうけ、といってはいけないのかな、経済的な発展の道具に使おうという動きが加速している。だがこれとは別に、科学には、身の回りのできごとを理解するために物事をよく考える知的な営みという側面もある。いや、こちらこそが本来の姿。洗練された知的な遊戯、あるいは文化といってもよい。サイコロ地球は、そんな科学の楽しさを思い出させてくれる。

(※)地球はコマのように回転している。自転ですね。その地球上で物体が動くと、その物体には、進む方向に対して北半球では右向きの、南半球では左向きの力が働く。これが「コリオリの力」です。とても弱い力なので、ふだんの生活では実感できないが、海流のほか高気圧や低気圧、ジェット気流のような規模の大きな流れを作りだす重要な力だ。

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