知って楽しい海の話知って楽しい海の話

日本からサンゴ礁が消える

海洋の酸性化が進むと、たくさんの魚たちが群れ遊ぶサンゴ礁にも影響がおよぶ。

海洋研究開発機構の屋良由美子・特任技術副主任らが2012年の暮れに発表した論文は、かなりショッキングだ。いま九州南部や沖縄の海でみられる熱帯・亜熱帯のサンゴが、酸性化の影響で2030年代にはいなくなってしまうというのだ。

サンゴにとって、酸性化はつらい。サンゴといえばサンゴ礁。動物としてのサンゴよりも、サンゴが作りだすゴツゴツしたサンゴ礁のほうをまず思い浮かべてしまうほどだ。サンゴは、サンゴ礁の土台となる「岩」を作る。この「岩」は炭酸カルシウムでできている。ウニの殻や貝殻とおなじだ。だから、この「知って楽しい海の話」の「海が酸性化する」でお話ししたように、海が酸性化して炭酸カルシウムができにくくなれば、もうそこにサンゴは住んでいられないし、サンゴ礁もできない。

サンゴは動物だ


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ここで、サンゴについて簡単に説明しておこう。サンゴはイソギンチャクとおなじ仲間の動物だ。イソギンチャクと違うのは、石のように硬い炭酸カルシウムの骨格を作る点。一つひとつのサンゴは小さいが、体を寄せ合って群れとなり、共同で大きな骨格を作ったりする。その形は、岩のように見えたり、テーブルのように見えたり、枝のように見えたり。じつにいろいろな形がある。

動物の骨格には、人間のように体の内部にある内骨格と、昆虫のように体を外側から守る外骨格がある。この言い方をすると、サンゴは外骨格を作り、そのくぼみに身を潜めて生活している。サンゴというと、まず岩のような骨格や、宝飾品になったサンゴの骨格が頭に浮かぶので、なんとなく硬いもののような気がする。しかし、それはサンゴの「骨」であり、サンゴの本体(これをポリプといいます)は軟らかい。骨格の表面にくっついているポリプは、海水に揺られてユラユラしている。

サンゴの多くは、褐虫藻(かっちゅうそう)という小さな植物を体内にたくさん飼っている。太陽があたると褐虫藻が光合成(※)で栄養分を作り、それをサンゴはもらっている。

サンゴ礁は、サンゴが中心となってできる特殊な地形だ。「礁」というのは、生き物の殻やサンゴの骨格などが浅い海底に積み重なった盛り上がりのこと。そこに多くの魚などが住みついて、豊かな生態系をつくる。陸地を縁取り遠浅の海をつくる裾礁(きょしょう)、島からかなり離れたところをリング状に取り巻く堡礁(ほしょう)、真ん中の島が水没してリングだけが残った環礁(かんしょう)が代表的だ。

サンゴ礁の土台になるような大きくて硬い骨格を作るサンゴを造礁サンゴという。宝飾品になるサンゴや、体の中に細かい骨片をもつ軟らかいソフトコーラル(「コーラル」は英語でサンゴのこと)などは、サンゴ礁を作らない。

事のついでに、日本のサンゴ事情を。日本沿岸に生息する造礁サンゴは、約400種にものぼるといわれている。南の海のように本格的なサンゴ礁を作るわけではないが、日本海では新潟・佐渡島のあたり、太平洋側では千葉・館山のあたりでもサンゴはみつかっている。日本は豊富なサンゴを抱える国なのだ。島が多いという日本独特の地形に加え、生物の多様性がきわめて高いフィリピン、インドネシア近海から黒潮が流れてきていることも、その理由と考えられている。

2030年代にサンゴは消える

酸性化②写真
サンゴが骨格を作りやすいかどうかを示す海水の「飽和度」の予測。熱帯・亜熱帯のサンゴに適している飽和度3以上が緑の海域。2030年代には日本から消えてしまう(屋良さん提供)
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さて、その造礁サンゴが、2030年代には日本近海から姿を消してしまうかもしれない。それが、屋良さんたちのコンピューター予測だ。

大気中の二酸化炭素が現在のように増え続けると、地球は温暖化して海水温は上がる。もともと造礁サンゴは南のサンゴだから、水温上昇はサンゴの生息域を北に広げる。最低水温が摂氏18度以上ならサンゴは生息できる。屋良さんたちのコンピューター計算によると、その限界線は、現在の九州、四国沿岸から、2050年代には東海、関東にまで広がる。

これで「南のサンゴ礁を関東でも見られるようになる」と早合点してはいけない。海の酸性化も同時におきるからだ。「海が酸性化する」の回でお話ししたように、海に二酸化炭素が溶けて酸性化すると、海水中の「炭酸イオン」が減って炭酸カルシウムができにくくなる。つまり、サンゴの骨格ができにくくなる。ちょっと専門的だが、炭酸カルシウムのできやすさを表す「飽和度」という数値があって、それが酸性化で「3」以下になると、造礁サンゴはもうそこには住めない。

いま造礁サンゴがみられる、四国や九州の南部から沖縄にかけての海域は、飽和度が「3」以上で健全だ。この海域が、今後どのように変化していくのだろうか。それが、最初に触れた屋良さんたちのショッキングな予測結果だ。

二酸化炭素は水温が低いほど溶けやすい。だから、酸性化は北の海から始まり、徐々に南下してくる。その結果、2020年代になると「3」以上の海域面積は10年代の半分以下に減り、四国と九州本土はアウト。鹿児島県南方の島々や沖縄だけがかろうじて残る。そして30年代には、それさえもなくなってしまう。日本から造礁サンゴが消えるのだ。

サンゴは夏場の高温にも弱い。夏場の水温が30度を超えると死んでしまう。地球温暖化により、その30度ラインが南から攻めあがってきて、2070年代には四国や九州の南部に達する。北から攻めてくる酸性化だけでも壊滅的なのに、南から攻めあがる水温上昇でダブルパンチに見舞われる。北と南の挟み撃ちである。

サンゴ礁は酸性化に弱い


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硫黄鳥島の浅瀬は造礁サンゴで彩られている(上)が、海底から噴き出す火山ガスで二酸化炭素の濃度が高まる場所では、ソフトコーラルの「ヒラウミキノコ」が優勢になっていた(下)(ともに井上さん提供)
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では、海の酸性化が進んだとき、実際に日本の海でなにがおきるのか。ほんとうに造礁サンゴは生きられないのか。その手がかりを得たのが、東京大学大学院理学系研究科の茅根創教授と学生だった井上志保里さんのグループだ。

茅根さんたちが調査したのは、沖縄本島の北にある火山島の硫黄鳥島。南東部の海岸では火山ガスの二酸化炭素が海底から噴き出していて、海が酸性化している。そのときサンゴがどうなっているかを調べたのだ。

その結果、火山ガスの影響がほとんどない場所では造礁サンゴだけが生息していたが、二酸化炭素の量が現在の2倍あまりになっているところでは、サンゴ礁を作らないソフトコーラルが半分ほどに増えていた。二酸化炭素が4倍程度になっている高濃度海域には、どちらのサンゴも生息していなかった。

さらに、現場の海域とおなじソフトコーラルを使って飼育実験したところ、日のあたる日中の条件だと、二酸化炭素濃度をあげても影響が出ないことがわかった。ソフトコーラルは、造礁サンゴのように体外に骨格を作るわけではないので、そもそも酸性化の影響が小さい。多少の悪影響があっても、海中の二酸化炭素が増えて褐虫藻の光合成が盛んになるメリットで補えてしまう。これが、ソフトコーラルが優勢になる一因ではないかというのだ。

まとめると、こんな具合だ。二酸化炭素がたくさん溶けて酸性度があがった海には、造礁サンゴはいなくなる。そして、大気中に二酸化炭素が増え続けている現状を放置すれば、日本から造礁サンゴが消えるのは2030年代。もうすぐそこだ。地形としてのサンゴ礁だけが残っても、そこにサンゴがいなければ、豊かな生態系を育むいまの「サンゴ礁」ではなくなってしまう。

生き物研究の難しさ

沖縄県・硫黄鳥島南東部の湾
茅根さんたちがサンゴの調査をした沖縄県・硫黄鳥島南東部の湾(茅根さん提供)
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このようにバシッと言い切っておいて、そのあとであれこれ言うのもなんですが、自然界の生き物が絡むこのような現象の予測には、特有の難しさがある。茅根さんも、「造礁サンゴは酸性化で骨格を作りにくくなるだろうが、どんな生き物がそれに取って代わるのかは、まだはっきりわからない」という。

茅根さんたちの調査では、造礁サンゴが減ってソフトコーラルが増えていた。だが、パプアニューギニアのよく似た海域では、そうなっていない。「なにかの条件が違うのだろう」と茅根さんはいう。生き物の生息にはさまざまな環境要因が関係していて、その「条件」を見つけだすのはとても難しい。

実験室の水槽で管理して飼育すれば、余計な「条件」が入り込まない利点はあるが、こんどは逆に、自然界の大切な「条件」を取りこぼしている可能性がつきまとう。「実験ではそうでしょうが、ほんとうの海でもそうなっていますか」。そう聞かれるとツラいのだ。

それに、生き物には逆境に耐えて生き抜こうとする力がある。酸性化のストレスがかかっても、けなげに頑張るサンゴはいるかもしれないし、頑張りきったサンゴが仲間を増やしていくかもしれない。屋良さんたちのコンピューター予測には、そのような可能性は含まれていない。

それでも、このような研究を積み重ねていけば、科学者たちが合意できるサンゴ礁の将来像は、しだいにくっきりしてくるはずだ。地球温暖化が、まさにそうだった。話はサンゴ礁にかぎらない。海の酸性化が個々の生物に、そして生態系にどのような影響を与えるのか。その活動で多量の二酸化炭素を出し続けている陸の住人として、海の変化に無関心でいてはいけないのだと思う。

(※)光合成は、水と二酸化炭素からデンプンなどの栄養分を作りだす植物の働き。そのとき光のエネルギーを利用する。したがって、光合成をする褐虫藻から栄養をもらうサンゴは、太陽光の届く浅い海にしか生息しない。

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